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大阪高等裁判所 昭和56年(う)391号 判決 1984年9月11日

(被告法人)

本店所在地

大阪府枚方市招堤田近二丁目三番地

大阪バルブ株式会社

(代表者代表取締役 大島直哉)

(被告人)

本籍

大阪市南区大宝寺町中之丁二一番地

住居

兵庫県西宮市北昭和町一番一一号

会社役員

大島直哉

大正六年一一月二日生

右の者らに対する法人税法違反、会社臨時特別税法違反被告事件について、昭和五五年一二月一七日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、被告法人ならびに被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 大石和夫 出席

主文

原判決を破棄する。

被告法人大阪バルブ株式会社を罰金三、〇〇〇万円に、被告人大島直哉を懲役一〇月に処する。

被告人大島直哉に対し、この裁判確定の日から一年間その刑の執行を猶予する。

原審ならびに当審における訴訟費用は被告法人大阪バルブ株式会社および被告人大島直哉の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人大槻龍馬作成の控訴趣意書ならびに控訴趣意補充書三通(昭和五七年一一月一七日付、昭和五八年一月一九日付、昭和五九年一月二六日付)記載のとおり(但し、弁護人は、昭和五九年三月二九日付弁論要旨において、損金に算入されるべき賃金手当の額およびこれと給料手当の合計額について、それぞれ四八、五九五、〇〇〇円、六二、八九三、三〇〇円と、金額を訂正した)であり、これに対する答弁は、検察官北側勝作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

本件控訴趣意中、賃金手当・給料手当の損金算入に関する事実誤認ないしは法令解釈の誤りの主張について

論旨は、要するに、賃金手当一〇〇、三一九、八〇〇円、給料手当二五、四四九、二〇〇円、合計一二五、七六九、〇〇〇円については、その全額が当期損金として認められるべきものであり、仮にそうでないとしても、賃金手当四八、五九五、〇〇〇円、給料手当一四、二九八、三〇〇円、合計六二、八九三、三〇〇円については当期損金として認められるべきである。原判決はそのいずれについても当期損金とは認めなかったが、これは判決に影響を及ぼすことが明らかな重大な事実の誤認ないしは法令解釈の誤りであるから、原判決の破棄は免れない、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査しかつ当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、取調済の関係証拠によると、所論指摘の一二五、七六九、〇〇〇円についてはもとより、六二、八九三、三〇〇円についても、原判決が「弁護人の主張に対する判断」として説示しているとおり、本件犯則事業年度末である昭和五〇年六月三〇日までには債務として確定していなかったことが認められる。所論は、被告法人においては、源泉所得税や失業保険料をそれぞれ所轄官署に納付したうえ、これを差引いた各手取相当額を同年六月二六日三井銀行難波支店に設けた各従業員名義の普通預金口座に振込む方法により右一二五、七六九、〇〇〇円を従業員賞与として支給したというのであるが、右各証拠によるも、被告法人の関係者らにおいては、各従業員本人に対し、右各口座が設置され、賞与が振込まれたことを知らせた事実もなく、ましてやその関係の通帳や印鑑を手渡したという事実もないことが認められるから、所論の点をもって従業員に対する賞与の支給があったということはできない。一二五、七六九、〇〇〇円の全額につき当期損金であるとする所論は理由がないといわなければならない。

ただ、所論指摘の金額のうち六二、八九三、三〇〇円については、昭和五〇年七月三日に労使間交渉が妥結したことで支給額が確定し、その時点で債務としても確定したと認められる従業員賞与(賃金手当、給料手当)であるが、右は昭和四九年一二月二一日(これを同年一一月二一日とする原判決の説示は正確ではない)から昭和五〇年六月二〇日までをその支給対象期間とするものであって、もともとその支給対象期間中に計上しえた収益を生み出してきた従業員の努力に対して支給されるべき性質のものであり、継続的な企業活動における収益と経費との有機的な相関関係ないし収益・費用対応の原則からみても、右支給対象期間の属する事業年度末までにその支給額の確定をみるに至らなかったという本件のような場合においても、それに見合う相当額を「賞与引当金」として計上のうえ当期損金として処理すべき性質のものであるということができる。ところで関係証拠によれば、被告法人においては、従来そのようなものは右の賞与引当金を計上して当期損金としての処理をしてきたものであり、本件期末決算に際しても従前同様法定の相当額とみられる六、〇〇〇万円の賞与引当金を計上して処理しようとしていたにもかかわらず、その後の原判示確定申告に際してはこれを自己否認していることが認められるが、これは公表帳簿上に前記のような一二五、七六九、〇〇〇円の従業員賃金、給料手当を計上していることがあって、右の賞与引当金を自己否認するのでなければ損金の二重計上というさらに不当な結果を来たすことになるため、その点を考慮してこれを回避するための措置としてとられたものとも解される。したがって、被告法人において右のような賞与引当金を超える従業員賃金、給料手当を公表帳簿上に計上し、その超過分をも当期損金として処理することを企図しなかったならば所論未確定の六二、八九三、三〇〇円も賞与引当金として六、〇〇〇万円の範囲内で正当に損金処理することが認められたはずであり、本件不正の行為は実質的にはこの賞与引当金相当分を超える分についてのものと見ることができないわけではない。そうすると、この賞与引当金六、〇〇〇万円相当の部分については、賞与引当金とすべきところを既払い従業員給料手当等とした点において計上の方法に正当でない点はあるにしても、本来損金に計上しえないものを偽りそのた不正の行為により損金として不当計上したものであると断じうるかどうか、ことに行為者の逋脱犯意という点で全く疑問なしとはしない。「疑わしきは被告人の利益に」との原則に従うべき刑事裁判上の処理としては、六二、八九三、三〇〇円を賃金手当ないしは給料手当として損金に計上している被告法人の措置を、右六、〇〇〇万円の限度において是認するのが相当である。そうしてみると、これを損金と認めなかった原判決は、その点に関する事実を誤認しそれが判決に影響を及ぼすことは明らかであるといわなければならない。論旨は結局右の限度において理由がある。

控訴趣意中、材料棚卸高に関する事実誤認の主張について

論旨は、要するに、被告法人の材料棚卸高は別紙材料棚卸高計算表中弁護人主張欄記載のとおりである。原判決認定欄記載のとおりと認定したが、その認定根拠とされる推計計算の方法等に正確さを欠く点があり、正当な事実認定とは思われないし、それが売上原価を過少に認定し、ひいて犯則所得を過大に認定する結果を来たし、判決に影響を及ぼすものであることが明らかであるから、原判決の破棄は免れない、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査しかつ当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、原審で取調済の関係証拠のほか、当審で取調べた後掲証拠の標目欄記載の関係証拠によると、この点に関する原判決の事実認定は原判決が「弁護人の主張に対する判断」中で説示するような推計計算の過程を経てなされたものではあるが、その根拠とされるFG、FL、FSの受払計算に過誤が散見されるなど、推計原理に沿う正確な資料の把握という点で必ずしも問題なしとせず、かえって当審で取調べた関係証拠によると、被告法人の材料棚卸高については、別紙材料棚卸高計算書中の当判決認定欄記載のとおりであることが認められ、これと異なる材料棚卸高を認定した原判決は当期売上原価を二、五八二、三三〇円だけ過少に認定し、ひいて犯則所得額につき同額の過多認定を来たしているものであり、正当とは思われない。なお、所論主張の材料棚卸高についても、期首(昭和四九年六月期)分につき一部計算過誤があり(別紙材料棚卸高計算表注記参照)、採用の限りではないが、論旨は結局右認定の限度において理由がある。

控訴趣意中、評価減に関する事実誤認ないしは法令解釈の誤りの主張について

論旨は、要するに、被告法人の棚卸資産中鋳鋼材の一部がスクラップ化していたから、その評価減を認めるべきである、これを認めなかった原判決は法人税法施行令六八条一号に定める評価減計上の要件につき重大な事実を誤認したもの、ないしは法令の解釈を誤ったものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点でも原判決の破棄は免れない、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査しかつ当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、取調済の関係証拠によれば、被告法人の棚卸資産中鋳鋼材の一部に使用不能となって放置されるなど、スクラップ化の生じたものもあったことは所論指摘のとおりである(「法人税法施行令六八条一号が定めるような事実は存在しなかったものと認められる」という原判決の説示が右のようなスクラップ化をも否定するものであるとすれば、必ずしも正確な説示とはいいがたい)が、昭和四〇年法律第三四号による法人税法の全文改正により、法人税法上の所得の算定と商法上のそれとを一致させる趣旨から、法人税法上の扱いとしては棚卸資産の評価減は許さないのが原則とされるに至り(法人税法三三条一項)、仮にそれらが著しい陳腐化等法定の列挙事由(同法施行令六八条一号イ、ロ、ハ、ニ)をみたすものであったとしても、当該資産につき評価換えをして損金経理によりその帳簿を減額するのでなければ評価減の計上は許されない(同法三二条二項)こととなったものであり、数量除外という方法をとり、当期末までに右のような措置をとることのなかった被告法人の場合においては〔白ペンキを塗るなどしてスクラップ商品であることを明示したりしているが、それも本件摘発後査察官の調査中のことであるにすぎない)、所論のような評価減を認めることはできない。これと同旨の判断のもとに所論評価減を認めなかった原判決の措置は正当である。論旨は理由がない。

控訴趣意中、青色申告取消益をめぐる憲法違反、法令違反ならびに事実誤認の主張について

論旨は、要するに、被告法人は青色申告の承認を受けた法人であったから、本件犯則事業年度における所得の算定にあたっても、価格変動準備金の損金算入などの特典が認められるべきである、原判決は、被告法人が昭和五二年九月二六日所轄税務署長により昭和四七年七月一日開始事業年度に遡って青色申告の承認を取消されたことを理由に右特典を否認し、その取消益五、二一八、九六九円をも犯則所得になると認定しているが、これは法人税法一五九条一項や一二七条一項についての不当な拡張解釈であり、憲法三一条および三九条に違反し、さらには被告法人の犯則所得額の算定につき重大な事実誤認を犯すものであるから、原判決の破棄は免れない、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査しかつ当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、原判決は、被告法人の犯則所得額や同税額を算定するにあたり、被告法人において青色申告の承認を取消されたことに基づく差引合計五、二一八、九六九円のいわゆる取消益をも犯則所得となし、それによる法人税額の増加分をも逋脱税額に算入していることは所論指摘のとおりであるが、青色申告の承認を受けた法人の代表者等がある事業年度に遡ってその承認を取消された場合におけるその事業年度の逋脱所得額や税額は、青色申告の承認がないものとして計算した所得額や税額から申告にかかるそれらの額を差引いた額であることは、昭和四九年九月二〇日第二小法廷、同年一〇月二二日第三小法廷、昭和五〇年二月二〇日第一小法廷などの各最高裁判決等が明確に判示するとおりであり、この点に関する最高裁の判断は正当として従うのが相当であるところ、取調済の関係証拠によると、本件は被告法人の代表者である被告人大島直哉において原判示事業年度の法人税逋脱を企て、もしその事実が発覚するにおいては右事業年度に遡って青色申告の承認を取消され価格変動準備金等の損金算入などの特典も享受しえなくなる事態のありうるべきことを未必的に認識しながら、あえて原判示の確定申告に及び、その結果、実際に昭和五二年九月二六日付で昭和四七年七月一日開始事業年度に遡って青色申告の承認を取消されるに至っているものであり、このような被告法人の場合にあっては、すでに右確定申告の当時からもともと価格変動準備金等の損金算入などの特典はこれを享受しえない関係にあったのであり、その損金算入を否認したからといって、一旦価格変動準備金等を損金に算入するなどして適法に確定していた逋脱罪の成立範囲(所得金額、各税額)をその後に至って覆しこれを加重的に認定しなおしたというような関係にはないというべきである。したがってこれをもって法令の解釈を誤り、憲法三一条や三九条に違反し、あるいは重大な事実誤認を犯したなどという所論の非難は当らない。論旨は理由がない。

以上の次第であり、本件各控訴は、賃金手当・給料手当の損金算入に関する論旨ならびに材料棚卸高に関する論旨がそれぞれ前説示の限度において理由があるから、その余の論旨(量刑不当の主張)についての判断をまつまでもなく、原判決は破棄を免れない。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告法人大阪バルブ株式会社は、大阪府枚方市招提田近二丁目三番地に本店を置き、船舶用バルブ等の製造及び販売業を営むもの、被告人大島直哉は、同会社の代表取締役としてその業務全般を統轄しているものであるが、被告人大島直哉は、同会社の業務に関し

第一  法人税を免れようと企て、同会社の昭和四九年七月一日から同五〇年六月三〇日までの事業年度において、その所得金額が一、三〇八、三一五、七八九円で、これに対する法人税額が五二〇、四〇七、三〇〇円であったにもかかわらず、売上の一部を除外し、よって得た資金を簿外預金にするなどの行為により、右所得の一部を秘匿したうえ、同五〇年九月一日、大阪府枚方市大垣内町二丁目九番九号所在枚方税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が一、〇二六、八九〇、二二七円で、これに対する法人税額が四〇七、八三七、三〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により法人税一一二、五七〇、〇〇〇円を免れ

第二  会社臨時特別税を免れようと企て、同会社の同四九年七月一日から同五〇年六月三〇日までの事業年度における会社臨時特別 額は、三二、二八〇、七〇〇円であったにもかかわらず、前記第一記載の方法により所得の一部を秘匿したうえ、同五〇年九月一日、前記枚方税務署において、同税務署長に対し、会社臨時特別税額が二一、〇三二、五〇〇円である旨の虚偽の会社臨時特別税確定申告書を提出し、もって不正の行為により会社臨時特別税一一、二四八、二〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

原判決が挙示する各証拠のほか、

一  被告法人代表者兼被告人大島直哉の当審公判廷における供述(第二回、第三回、第四回公判分については、各公判調書中同人の供述部分)

一  証人元木進の当審公判廷における供述(第七回公判調書中同人の供述部分)

一  検察官、弁護人連名作成の合意書、合意の変更書

一  被告法人代表者兼被告人大島直哉作成の四九年六月期棚卸品(材料)計算表(昭和五九年一月二五日付)鋳鋼弁箱受払数量表No.1ないしNo.11、鋳物重量記録表、四九年度・五〇年度鋳鋼製弁の弁箱、フタ重量比較表(当審弁第一四号証ないし第一八号証)

(法令の適用)

原判決挙示の各法条(但し、「包括一罪として」とある部分を「観念的競合として各刑法五四条一項前段、一〇条により」と訂正する。)のほか、当審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田登志夫 裁判官 吉田治正 裁判官 栗原宏武)

(別紙)

材料棚卸高計算表

(1)期首(49/6期)

<省略>

(注) 鋳鋼弁箱受払数量等表No.3(当審弁第14号証)および49年度鋳鋼製弁の弁箱、フタ重量比較表(同第16号証)などによると、弁護人主張内容には、なお50,000円の計算過誤がみられる。

(2) 期末(50/6期)

<省略>

当判決認定によると、原判決の場合に比し、当期売上原価が2,582,330円だけ増加し、ひいて犯則所得額が同額減少することになるが、その算式は次のとおりである。

(算式)

<省略>

当期売上原価増加額=117,357,431円-114,775,101円

(犯則所得減少額)<イ>-<ロ>=2,582,330円

(別紙)

(法人税)

<省略>

(会社臨時特別税)

<省略>

課税標準法人税額計算書の明細

<省略>

昭和五六年(う)第三九一号

○ 控訴趣意書

法人税法違反

被告人 大阪バルブ株式会社

同 大島直哉

右両名に対する頭書被告事件につき、昭和五五年一二月一七日、大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、控訴を申し立てた理由は左記のとおりである。

昭和五六年五月一五日

弁護人弁護士 大槻龍馬

大阪高等裁判所

第四刑事部 御中

第一点 原判決には、次の諸点において判決に影響を及ぼすべき事実の誤認ないしは法令解釈の誤りがある。

一、賃金手当及び、給料手当を損金として認めなかった点

1 原判決は、弁護人の

賃金手当の犯則額一〇〇、三一九、八〇〇円及び給料手当の犯則額二五、四四九、二〇〇円はいずれも全額損金として認められるべきであり、かりにそれが容れられないとしても、少くとも、そのうち賃金手当四九、五五九、〇〇〇円、給料手当一四、二九八、三〇〇円は損金として認められるべきである。

との主張に対し、

法人税上、損益の年度帰属については、いわゆる権利確定主義によるのが相当であると解されるところ、右賃金手当及び給料手当の犯則額合計一二五、七六九、〇〇〇円は、公表帳簿上は昭和五〇年六月二六日付で右各手当(夏季賞与)として計上されているけれども、これが犯則事業年度末たる同月三〇日までに債務として確定していなかったことは証拠上明らかである。すなわち押収にかかる49 50 51年各期一時金明細(封筒共)一綴、その他関係証拠によると、被告会社における昭和五〇年の従業員に対する夏季賞与(対象期間昭和四九年一一月二一日から同五〇年六月二〇日まで)は、同年七月一五日合計六三、八九三、三〇〇円(うち賃金手当に相当するもの四九、五九五、〇〇〇円、給料手当に相当するもの一四、二九八、三〇〇円)が支給されたことが認められ、さらに押収にかかる議事録一綴によると、右夏季賞与に関する会社側と労働組合側との団体交渉が妥結したのは同年七月三日であり、その内容は、勤続一年以上の社員で一人平均本給の四・〇五か月分、四五五、四七八円(その内訳は、本給比二・四三か月、考課査定一・六二か月、一律一五、三〇〇円)ということであったこと、同年七月一日の団体交渉においては、会社側の回答は一人平均三・九か月、四三三、八八三円であり、組合側はさらに高額を要求し、会社側はそれに応じられないと答えて続行となり、翌二日の団体交渉においては、組合側はまず一人平均四八〇、〇〇〇円を要求したが、次いで四六〇、〇〇〇円に譲歩し、会社側は最終回答として前記妥結内容を呈示し、翌三日 合側がこれを受け入れて交渉が妥結したことが認められる。従って犯則事業年度の公表帳簿上賃金手当、給料手当として計上されている前記一二五、七六九、〇〇〇円のうち、翌期に入って七月一五日支給された前記六三、八九三、三〇〇円に相当する部分についてみても、犯則事業年度の終了の日までには支給額は決まっておらず、債務として確定していなかったものといわざるを得ない。そして、押収にかかる元帳(経費)49/7~50/6一綴、元帳(当座銀行預金)49/7~50/6一綴、22期総勘定元帳(負債勘定)一綴、同(収支勘定)一綴、前記49 50 51年各期一時金明細一綴ならびに花田十郎の検察官に対する供述書同人に対する大蔵事務官の昭和五二年五月一三日付(一〇項ないし一九項)、同年七月二六日付(一三項ないし一九項)、同年八月五日付各質問てん末書、被告人の検察官に対する供述調書、被告人に対する大蔵事務官の同年二月一〇日付、同年七月二八日付各質問てん末書、奥野一二作成の確認書、大迫政夫に対する大蔵事務官の同年四月一九日付質問てん末書によると、被告会社においては、犯則事業年度は会社創立以来の高利益があがり、かつ、期末に近づくにつれ不況の兆しがみられたので、税負担を軽くし、裏資金を備蓄するため、大がかりな利益操作を行うことにし、その一環として、夏季賞与の支給額も決まっておらない当該事業年度中に、ほぼ従前の夏季賞与と年末賞与の合計額に匹敵する金額を夏季賞与として架空計上したこと、さらに、それを仮装する手段として源泉所得税、失業保険料に相当する金額をそれぞれ所轄官署に納付し、これを差引いた各手取額相当の金額を従業員本人にはまったく知らせず、一方的に、六月二六日、三井銀行難波支店に各従業員名義の普通預金口座を設けて預け入れたこと、ならびに、被告会社においては、従前毎期末公表帳簿上賞与引当金を計上していたが、犯則事業年度においては、前記のような事情からとくに多額の賞与の計上を企図したため、賞与引当金でまかなうことができず前記のごとく賞与の架空計上をするに至ったが、取引先に対する信用の面を慮って期末に賞与引当金六、〇〇〇万円を賃金手当五、〇〇〇万円と給料手当一、〇〇〇万円に割り振って計上し、税務上はこれを自己否認したことの事実が認められるのであって、以上の点に徴しても弁護人の主張が採用できないことは明らかである。

として前記弁護人の主張を排斥した。

しかしながら、原判決の右の判断は、次に述べるように判決に影響を及ぼすべき事実の誤認ないしは法令解釈の誤りがある。

2 原判決挙示の証拠及び被告人大島直哉の原審における供述によれば次の事実が認められる。

本件起訴対象である昭和四九年七月一日から同五〇年六月三〇日までの事業年度においては、被告会社設立以来の高収益が出たが、後半より思いがけなく急速に不況の兆候がみられ、翌期には利益が計上できるかどうかは勿論のこと、従業員に対する賃金手当及び給与手当が支払えるかどうかも危ぶまれる状況に変化した。

そこで被告人大島直哉は、昭和五〇年六月中に支払うべき賃金手当及び給与手当(昭和四九年一二月二一日から昭和五〇年六月二〇日までを支給対象期間とするもの-原判決は昭和四九年一一月二一日から昭和五〇年六月二〇日までと誤認している)につき、高収益が出た本事業年度において経費に計上するため昭和五〇年一二月末における賃金手当及び給料手当の予想額をも加えて支払おうと考え、同年六月二一日頃従業員組合幹部にこれを申し入れたが、同組合は総評全金属に所属し、同盟系組合の場合と異り上部支援団体との関係上、これらの手当は夏期及び年末においてそれぞれ斗争によって勝ち取ったという形跡を残さなければならないことを理由にその申し入れを拒否した。

ところが被告人大島直哉は、組合の要求する夏期賃金手当、及び給与手当の額以上に支払う場合においては、団体交渉による妥結は必要でなく、使用者側で一方的に決定しても構わないとの見解のもとに同年六月二六日、賃金手当一〇〇、三一九、〇〇〇円、給料手当二五、四四九、二〇〇円につき支払の手続をとり、これに対応する源泉所得税、失業保険料を各人から徴収して所轄官署に納付し、いわゆる手取額については三井銀行難波支店に各従業員名義の普通預金口座を設けてそれぞれ預け入れたのである。

その後従業員組合との団体交渉は七月三日に至り、原判示の内容で妥結したので、被告会社としては前記預金口座から右妥結金額に対応する手取額を支払い残額は、年末斗争で勝ち取ったという形跡を残さんとする組合側の意向を察して、各人に通知しないで各従業員よりの預り金として保管することとした。

そのため被告会社の法人税確定申告では一旦計上した賞与引当金六、〇〇〇万円を自己否認しているのである。

従って被告会社は、昭和五〇年六月三〇日終了事業年度において賃金手当一〇〇、三一九、八〇〇円及び給料手当二五、四四九、二〇〇円を支払ったことには相違なく、これに対する源泉所得税、失業保険料が妥結金額対応額よりも多額であるとして過誤納入による還付の請求をしたこともない。

3 原判決は右行為を捉えて「税負担を軽くし、裏資金を備蓄するため大がかりな利益操作を行うことにした」旨認定しているが、企業経営者が高収益の時期において、次に予想される不況の時期における経費捻出の苦境を考慮し、(一般に中小企業では、不況に陥り会社において手当を支払う余裕のないときは、会社代表者は会社のために個人資産を担保とし、連帯保証人となって金融機関から融資を受けて支払うのが通例である。)高収益を産んだ従業員の努力に報いるために前記のように倍額の手当を支払うことは、結果的には利益操作であり、税負担を軽くすることになっても決して法人税逋脱を目的とした不正行為ではなく、況して原判示にかかる「裏資金を備蓄するため」というのは明らかに証拠を無視し事実を誤認したものである。

また、本件支払は原判示のいうがごとく「架空計上」でもなければ、源泉所得税の納付は原判示のいうがごとく「仮装手段」でもない。

原判示は権利確定主義をもって不動のものとみなす見解に基く偏見にすぎない。

4 原判決は、法人税法上損益の年度帰属については、いわゆる権利確定主義によるのが相当であるとなし、本件手当については昭和五〇年七月三日、従業員組合との間において団体交渉が妥結した時点において妥結額につき損金の発生が確定したものとしているのである。

ところで権利確定主義は、「課税所得を期間毎に正確確実に補捉する方式として極めて便宜有用な技術的な方法であり、」(東京地裁昭四一・六・三〇)「徴税技術上所得を画一的に把握し、税収を確保する必要性に由来する」(福岡地裁昭四三・二・一七)原則であるとして税法はその例外を法に規定したもののみに限定しようとするのか、(例えば割賦販売・延払条件付販売・長期工事の請負等)或はそれらは例外の例示であってそれら以外の場合でもなお権利確定主義の原則によらないことが認めるのであろうか。

而してこの点については、企業における適正妥当と認められる健全な会計処理の範囲内において課税の公明明確を期するうえに特に弊害がなければ必ずしも権利確定主義の原則によらないことが認められるべきものと解するのが相当である。(京都地裁昭三四・一・三一 秋田地裁昭二七・四・一〇 静岡地裁昭四一・七・一二)

5 労働契約における賃金支払は双務契約なるがゆえに本来同時履行の関係にあるべきものであるが、民法六二四条は賃金後払を規定している関係上、本件における手当は昭和五〇年六月二〇日の経過をもってその請求権が発生したものと考えられる。

而して、同年六月二一日、被告人大島直哉が組合幹部に対して組合側の要求額を上廻る賃金手当一〇〇、三一九、八〇〇円、給料手当二五、四四九、二〇〇円を提示した行為は後日の団体交渉において右提示額よりさらに上廻る妥結がなされないかぎり、その提示の時点において一方的に右支払債務を確定せしめる効果を生じたものというべきである。

6 右の被告人大島直哉が提示した手当額は、昭和四九年一二月二一日から昭和五〇年六月二〇日までを支給対象期間とするものであって、この間に計上し得た被告法人の高額の収益は、とりも直さずこの間における大量の受注をこなし得た全従業員の従来に倍する努力によって獲得できたものであるからその収益面のみを捉えて課税の対象となし、経費面においては全く考慮しない原判決は、権利確定主義の形式にこだわり継続的企業における適正妥当な会計処理、収入と経費との有機的な相関関係を全く無視したものといわなければならない。

右の見解によれば、かりに一〇〇歩を譲って前記被告人大島直哉の提示額が、昭和五〇年六月三〇日終了事業年度の経費として認められないとしても少くとも七月三日における妥結額(賞与引当金の自己否認額に近似する)を同年度の経費として認めるのが相当である。

7 然るに第1項記載のごとく弁護人の主張を認めなかった原判決は事実の誤認ないし税法の解釈の誤りがあるものというべく、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

二、期末材料棚卸高に関する事実誤認

1 原判決は弁護人の

売上原価中の期末材料棚卸高に関し、材料のうち棚卸除外をしたのは鋳鋼のみであるところ、検察官は、昭和五一年六月期末の実地棚卸表に基づき、同表中の鋳鋼の弁箱のうちFG、FL、FSの三種について一年間遡って受払計算をし、昭和五〇年六月期末の右三種の弁箱の棚卸高を算出し、これを右棚卸表における鋳鋼の弁箱中右三種の弁箱の占める割合(〇・九二一)で除して同期末の弁箱全部の棚卸高を推計し、さらに、同金額を右棚卸表における鋳鋼中弁箱の占める割合(〇・六八)で除して同期末の鋳鋼全部の棚卸高を推計しているが、右棚卸表における右三種の弁箱と弁蓋の各個数は七、〇三八個対七、八三六個であり、在庫の弁箱と弁蓋の個数は本来一対一であるべきであるから、右の個数の比率は異常な状態といわなければならず、これを一対一の正常な状態に引直して鋳鋼中弁箱の占める割合を算出すると〇・七〇三となるから、この割合を前記推計計算に用いるべきであり、検察官主張の割合である〇・六八及びそれを用いてなした推計の結果は誤りである。

との主張に対し

押収にかかる五一年六月期棚卸表(袋入り、符号七)の内容を子細に検討すると、弁箱と弁蓋が同一の品種、規格のものが対になっているものの割合はさして高くなく、弁箱、弁蓋の各品名、数量、単価からみた在庫状態(相当単価の異なる各種弁箱、弁蓋がはなはだ不均衡な数量で混在している)に徴すれば、弁箱と弁蓋の個数が七、〇三八個対七、八三六個(正しくは七、四二一個対八、二二三個)であることをもって異常な在庫状態であるとはいえず、このような在庫状態のもとでは、むしろ検察官主張のように直截的に鋳鋼全体のうち弁箱の占める割合を算出して推計に用いる方がより合理的であるというべきである。その他検察官主張の推計計算の過程に不合理な点はなく、弁護人の該主張は採用できない。

として前記弁護人の主張を排斥した。

しかしながら原判決の右の判断は明らかに論理に背反しているばかりでなく、経験則を無視し、煩鎖な計算から逃避した検察官主張にかかる推定計算を直截的で合理性ありとなし、これを鵜呑みにして取り入れもって事実を誤認したものである。

以下その理由を述べる。

2 この点に関する弁護人の主張は、原判決が摘示するように昭和五一年六月三〇日現在における実地棚卸表に基いて、昭和五〇年六月三〇日現在(本件期末)及び昭和四九年六月三〇日(本件期首)に遡って材料棚卸高を推定計算するにあたり、昭和五一年六月三〇日現在における鋳鋼中弁箱の占める割合を〇・六八と調整するのが検察官主張の〇・七〇三よりも合理性があるとするものである。

而して右〇・六八を適用すれば、

昭和五〇年六月三〇日現在の材料棚卸高

三二五、二七〇、一三七円(原判決認定額 三三五、〇一二、一一四円)

昭和四九年六月三〇日現在の材料棚卸高

一三一、四二四、七九六円(原判決認定額 一三九、四〇二、一四九円)

となるのである。

3 弁護人主張の基本となるものは、被告会社が製造するバルブは、すべて一基あたり弁箱一個と弁蓋一個が対になっていることであってこの点は不動の事実として確定できるのである。

このことは、自ら鋳造工場を持たない被告会社としては、必ず弁箱と弁蓋とを一個宛一対のものとして鋳造メーカーに発注することを必然のこととしているのであって、もし被告会社の或時点における在庫中弁箱の数と弁蓋の数とに著しい差があるならば、弁箱もしくは弁蓋のいずれかの納品がおくれているか、或は在庫の把握が正確になされていないかのいずれかである。

4. ところで原審証人野村英郎の供述によれば、被告会社の昭和五一年六月末現在における鋳鋼弁箱の個数は七、〇三八個、弁蓋の個数は七、八三六個であって両者のバランスが崩れ異常な在庫状態であることは極めて明らかであって、原判決の「これをもって異常な在庫状態であるとはいえない」という判断は、バルブの構造・発注の方法等を無視した独断といわねばならない。

而してかような異常な在庫状態にあった昭和五一年六月三〇日現在における実地棚卸表によって鋳鋼弁箱と弁蓋の比率を算出し、この比率を昭和五〇年六月三〇日及び昭和四九年六月三〇日における鋳鋼の在庫量の推定計算に適用することは合理性を欠くものであることは明らかである。

原判決は、前記弁箱弁蓋の数について正しくは弁箱七、四二一個、弁蓋八、二二三個であると認定している。正確にいえばそのとおりであるが、右の差即ち弁箱三八三個、弁蓋三八七個は池谷武彦が外注先へ運んでいたもので、弁護人主張の推定計算は、この分に関する弁箱と弁蓋に相応する各金額の計算資料が発見できなかったためこれを除いて計算したものにすぎない。

しかも右池谷武彦が外注先へ運び込んだ弁箱が三八三個、弁蓋が三八七個と極めて近似した数となっていること自体、弁箱弁蓋各一個をもって一対となっているバルブ製造における資材準備の状況ひいては資材在庫の状況を裏付ける有力な証拠である。

5 本件における弁護人の主張は、棚卸数量が確認できる資料が存する昭和五一年六月三〇日の在庫状況が、かくもバランスを欠く異常なものであるから、これを基準に昭和五〇年六月三〇日現在及び昭和四九年六月三〇日現在における棚卸数量を推定計算するためには、右の二時点において特別の事情のないかぎり、まず一対一にバランスを調整したうえでこれを推定計算における試料とすることが、より合理性が確保することになるというものであって、推計学における試料と母集団との通常の関係にそうものと信ずる。

原判決は前記のごとく「押収にかかる五一年六月期棚卸表の内容を仔細に検討すると弁箱と弁蓋とが同一の品種、規格のものが対になっている割合はさして高くなく」と認定しながら「異常な在庫状態であるとはいえない」としている。

昭和五一年六月末の在庫について「対になっている割合がさして高くない。」ということはとりもなおさず異常な在庫状態を認めていることになるのではないか。

原判決は右のように論理に背反しているばかりでなく、バルブの弁箱と弁蓋とが各一個をもって一対をなしているという経験法則を無視し推計の原理にそって正確な資料を把握する煩を避け、安易に「検察官主張のように直截的に鋳鋼全体のうち弁箱の占める割合を算出して推計に用いる方がより合理的である」との結論を出して事実を誤認したものである。

三、評価減に関する誤認

1 原判決は弁護人の評価減の主張に対し次のように判示してこれを排斥した。

弁護人は棚卸資産中鋳鋼材の一部がスクラップ化していたとして、その評価減を主張するけれども、実質的にみて、棚卸資産の評価損の計上が許される場合として法人税法施行令六八条一号が定めるような事実は当時存在しなかったものと認められるうえ、資産の評価額損の損金算入に当たっては損金経理をすることが必要であるところ(法人税法三三条二項)、被告会社の法人税確定申告書の謄本及び大蔵事務官の被告人大島直哉に対する昭和五二年八月三日付質問てん末書等関係各証拠によると、被告会社が棚卸資産の評価損を公表計上していないことは明らかであるから、弁護人の右主張は採用できない。

2 右のように原判決は弁護人の評価減に関する主張につき

(一) 実質的にみて、棚卸資産の評価損の計上が許される場合として法人税法施行令六八条一号が定めるような事実は当時存在しなかったこと

(二) 被告会社では法人税法三三条二項に定める損金経理をしていないこと

の二つの理由を掲げてこれを排斥した。

被告会社が(二)の法人税法三三条二項に定める損金経理をしていないことは明らかであるから原判決は、そのような場合でも実質的にみて棚卸資産の評価損が許される場合として法人税法施行令六八条一号が定めるような事実が当時存在していたとすれば評価減を認め得るものと解していると考えられる。

このような解釈は、中小企業における棚卸作業の現状を見つめ、健全な企業会計原則に従い実体に適応した課税を配慮するときにおける当然の帰結であり、まして犯意の稀薄な場合でも概括的犯意説によってできるだけ犯意を拡げんとする昨今の傾向に鑑みるときは、逆に客観的に価値が減少して企業会計の健全性を阻害しているものについてはこれに応じた評価減を認定することが法の解釈の平等を保つものといえるのである。

而して本件においては以下述べるように実質的にみて棚卸資産の評価損の計上が許される場合として法人税法施行令六八条一号が定めるような事実が当時存在していたのであるからこれを否定した原判決は事実を誤認したものである。

3 本件査察の強制調査の当日である昭和五二年一月二五日、被告人大島直哉はじめ資材部長野村英郎ら被告会社の幹部は査察官に対しスクラップ化したため野積みとしていた鋳鋼についてその評価減を認めてもらいたいと懇請し、その結果同年二月一五日、元木進査察官らが調査のため右野積み現場へ臨場し、野村英郎らはこれに立会って確認を得たうえスクラップと認められる鋳鋼につき白ペンキをもって表示し、その状況を確認保全するため同査察官が写真撮影をなしたこと、(検察官請求番号一一六・元木進作成査察官調査書類)野村英郎らはその後査察官の示唆により同年五月二三日付をもって被告会社代表者大島直哉名義で大阪国税局長に対し前記評価減を認めてもらいたい旨の嘆願書を提出していること、(検察官請求番号一四七)同年七月二〇日野村英郎は査察官から嘆願書記載量全部は認められないが、この範囲ならば評価減を認めてやろうと示唆され、記載形式等の指導を受けて嘆願書記載量からかなり減量した表を作成し、これを確認する旨の確認書を提出せしめられていること(検察官請求番号五八 野村英郎の質問てん末書末尾添付)など、実務と法理に通じた国税査察官のこれらの措置に徴すると、査察官において健全な企業経理に則る実体に応じた課税を配慮しようとする意図が存するとともに、法人税法施行令六八条一号に定めるような事実が当事存在していたからにほかならないのである。

4 抑々被告人大島直哉ら被告会社の幹部が評価減を主張する鋳鋼のスクラップ化の内容は次のとおりである。

被告会社が前記のように本件事業年度において会社設立以来の好業績を挙げることができたのは、当時の造船ブームにより大型タンカー(タービン船)の健造が盛んで、これに使用するバルブの受注が大量にあったためであるが、昭和五〇年初頃からいわゆるオイルショックの影響で新しい建造は減少し、従来計画されていた造船計画が取り止めとなることが続出し、被告会社においても既に仕様書によって注文を受け鋳物発注までしていたものについて注文が取消されるというような事態が続出することとなったのである。

加うるにオイルショックの影響はオイルを多く必要とするタービン船からその約七五パーセントの消費量ですむディーゼル船に切り替えオイルの消費量を節約せんとすることと、より効率的なディーゼル船の研究開発に向けることによって、これに使用するバルブはタービン船用のバルブと型式・性能・品質を異にするためキャンセルによりタービン船の刻印を打刻したような鋳物は将来永久に使用不能の状態を招来してしまったのである。

野村英郎が元木査察官の立会確認のもとに白ペンキで表示したものは、これらの鋳物のほかに鋳造の際不純物が混入していわゆる巣が入り、外部から銹が侵透して物理的に使用不能の鋳物がいわゆるたなざらしの状況で露天に放置されていたものであることは、原審における証人野村英郎及び被告人大島直哉の供述ならびに元木進の撮影写真によって明らかである。

しかもこれらはいずれもタービン船用バルブの本体となる鋳物であってディーゼル船には転用不能のものである。法人税法施行令六八条に関連して法人税基本通達が次のように定められている。

九-一-四

同第六八条第一号ロ「評価損の計上ができる著しい陳腐化」に規定する「当該資産が著しく陳腐化したこと」とは、たな卸資産そのものに物質的な欠陥がないにもかかわらず経済的環境の変化に伴ってその価値が著しく減少し、その価額が、今後回復しないと認められる状態にあることをいうのであるから、たとえば、商品について次のような事実が生じた場合がこれに該当する。

(1) いわゆる季節商品で売れ残ったものについて、その価額の著しい低下が既往(おおむね過去三年間)の販売実績等に照らして明らかであること。

(2) 当該商品と用途の面では、おおむね同様のものではあるが、型式・性能・品質等が著しく異る新製品が発売されたことにより当該商品につき今後通常の方法により販売することができないようになったこと。

九-一-五

同第六八条第一号ニ(たな卸資産の計上ができる事実)に規定する「イからハまでに準ずる特別の事実」とはたとえば次のような事実をいう。

(1) 破損・型くずれ・たなざらし・品質変化等により通常の方法によって販売することができないようになったこと。

(2) 和議法の規定による和議の開始決定があったことにより、たな卸資産につき評価換えをする必要が生じたこと。

そうだとすると、被告法人が査察官の示唆により大阪国税局長宛に提出した嘆願書記載の鋳鋼は、右基本通達九-一-四の(2)及び九-一-五の(1)に該当することは間違いなくこれを認容しなかった原判決は事実の誤認ないしは法令の解釈の誤りを犯したものというべきである。

四、本件は逋脱税額が五〇〇万円を超える事案であるから、前記一ないし三の各事実誤認は法定刑の範囲を減縮することになるから右誤認はいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかである。

第二点 原判決は、憲法三一条・三九条に違反し、判決に影響を及ぼすべき法令の違反及び重大な事実の誤認がある。

一、被告会社はかねて、所轄枚方税務署長より青色申告の承認を受けていたものであるが、昭和五二年九月二六日、同税務署長より、法人税法一二七条一項三号に定める取消事由により、昭和四七年七月一日開始事業年度分以降の青色申告の承認を取り消され、そのため次のように青色特典を喪失しその取消益がさかのぼって計上され、課税標準に加えられた。

価格変動準備金繰入額 七、五〇〇、〇〇〇円

価格変動準備金積立超過額 △二、五五〇、三九八円

価格変動準備金戻入額 △九、四〇〇、〇〇〇円

特別減価償却費 四、六八四、〇〇〇円

海外市場開拓準備金繰入額 一五、三〇〇、〇〇〇円

海外市場開拓準備金超過額 △一〇、三一四、六三三円

差引合計 五、二一八、九六九円

そして原判決は右のいわゆる取消益五、二一八、九六九円を犯則所得となし、それによる法人税額の増加分を逋脱税額に算入している。

二、しかしなが、右の原判決は以下に述べるとおり明らかに法律の解釈適用を誤るものであり、かつ憲法三一条及び三九条にも違反するものである。

1 青色申告の制度は、一定の帳簿の記録を備えた納税者に対しては、青色の申告用紙を使用する申告を認め、この青色申告者に対しては、その帳簿記載を調査し、これに誤りがある場合に限り更正することにし、かつ推計課税を認めないこと、更にこの青色申告を助長するために、所得計算上必要経費に算入できる引当金準備金・特別償却金等を認め、青色申告でない申告、いわゆる白色申告をする者に対してはこれを認めないこととするシャウプ勧告によって創設されたものである。而して法人税法一二七条一項による青色申告承認の取消は、所轄税務署長による裁量処分に属し、この処分には、他の行政処分の場合と異り特に遡及効を認められているが、その理由は、青色申告者が仮装隠蔽行為をなした場合にはその更正にあたって前記のような煩瑣な青色申告者に対する更正の特例に従うことができないので、遡ってその承認を取消すことによって白色申告に引き戻し、簡略な白色申告者に対する更正手続で処理できるよう配慮したことに存する。

而して右取消処分によって青色申告者は単に前記青色申告者に対する特典のすべてを遡って喪失するばかりでなく、過去において青色申告者の義務としてなした帳簿書類の整理保存等の負担行為は全く無に帰してしまうのであるから、その処分は懲罪的内容をも包含しており行政上の処分としての範囲で十分に目的に達しているのである。

従ってその処分の効力は特別の立法措置を講じないかぎり罪体を遡及して拡張したり、既遂罪の構成要件に予備未遂などをも含めたりするなど刑事の実体法や手続法の規定にまで影響を及ぼすことはあり得ないのである。

青色申告承認の取消が裁量処分であって、羈束処分でないことは同じ取消事由がありながら右処分を受けた者と受けない者との間に著しい不公平があるばかりでなく、取消を受けた者の特典喪失分がいわゆる犯則所得と認められることになればその不公平は一層著しいことになる。

2 法人税法一五九条一項は偽りその他不正の行為により各所定の法人税の額につき法人税を免れたことをもって犯罪の構成要件とするものである。

而して原判決は、五〇年九月一日をもって犯罪成立の時期としているのである。

ところで、右各犯罪成立の時点では、法人税の額の中には、青色申告承認取消による特典喪失分は存在していないので、この分に対する租税債権に関する侵害の余地はないのである。

なるほど後日青色申告の承認を取消されるような行為については、その危険性は十分に看取し得るところではあるが、法人税法一五九条一項は犯罪の既遂だけを処罪の対象とするものであって予備罪や未遂罪の処罰を規定しているものではないから右法条の解釈によれば犯罪の既遂の時点とされている納期の時点においては存在せず、その後に発生したいわゆる取消益を犯則所得として取扱うことは許されない。

この点については昭和四九年九月二〇日の最高裁第二小法廷判決などによって、見解が統一され定着しているといわれてはいるが同判決は、「法人の代表者が、その法人の法人税を免れる目的で、現金売上の一部除外、簿外預金の蓄積、簿外利息の取得及び棚卸除外などによりその帳簿書類に取引の一部を隠ぺいし又は仮装して記載するなどして、所得を過少に申告する逋脱行為は、青色申告承認の制度とは根本的に相容れないものであるから、ある事業年度の法人税額について逋脱行為をする以上、当該事業年度の確定申告にあたり右承認を受けたものとしての税法上の特典を享受する余地はないのであり、しかも逋脱行為の結果として後に青色申告の承認を取り消されるであろうことは行為時において当然認識できることなのである」という前提が存すれば「青色申告の承認を受けた法人の代表者がある事業年度において法人税を免れるため逋脱行為をし、その後その事業年度にさかのぼってその承認を取り消された場合におけるその事業年度の逋脱税額は、青色申告の承認がないものとして計算した法人税法七四条一項二号に規定する法人税額から申告にかかる法人税額を差し引いた額であると解すべきである」という後段の結論が必然的帰結となるがごとく解しているが、その論理には飛躍があり前述の理由よりして誤ったものというべく、行為の危険性に重点をおくあまり立法の不備を解釈によって補わんとするものというべきである。

しかもこれを憲法上からみると憲法三一条に違反して法人税法一五九条一項が既遂罪のみの規定であるのに予備罪・未遂罪をも含むと拡張解釈してこれを適用し、憲法三九条に違反して、法人税法一二七条一項が規定する青色申告承認取消処分の遡及効は単に課税上のものであるのに刑事手続にもその効力が及ぶものと解釈してこれを適用しているものと解せられるのである。

右最高裁判決を踏襲したと思われる原判決は、同様の誤りを犯しているわけである。

3 この点については間接税関係ではすでに立法上次のような配慮がなされているのである。

即ち物品税法四四条一項一号は、「偽りその他不正の行為により物品税を免れ、又は免れようとした者。」酒税法五五条一項一号は「偽りその他不正の行為によって酒税を免れ、又は免れようとした者。」入場税法二五条一項一号の「偽りその他不正の行為によって入場税を免れ、又は免れようとした者。」印紙税法二二条一項一号は「偽りその他不正の行為により印紙税を免れ、又は免れようとした者。」関税法一〇九条二項は、「前項の罪を犯す目的をもってその予備をした者、又は同項の犯罪の実行に着手してこれを遂げない者についても同項の例による。」同法一一〇条三項は「前二項の罪を犯す目的をもってその予備をした者、又はこれらの項の犯罪の実行に着手しこれを遂げない者についてもこれらの項の例による」同法一一一条二項は「前項の罪を犯す目的をもってその予備をした者又は同項の犯罪の実行に着手してこれを遂げない者についても同項の例による。」とそれぞれ規定を設けているのである。

法人税法一五九条一項の規定にはかかる内容のものは存しないのであるから原判決のような拡張解釈は到底許されない。

第三点 原判決の刑の量定は不当に重い。

1 被告人大島直哉が昭和二九年四月、勤務先である株式会社大阪製作所の倒産により、独立して八鳥千年・野村英郎らと借工場でバルブ製造業を開始して以来営々二〇年の企業努力の過程において未曽有の好業績を挙げたのが本件起訴対象年度である。

そしてこの年度の後半には早やくも次の事業年度の営業が危ぶまれるようなキャンセルが続出しているのである。人間は一生の間に天から二度のチャンスが与えられると云われている。

被告人大島直哉にとっては二〇年間に一度訪れたチャンスが経理処理のまずさから本件のような不幸な形になってしまったのである。

2 被告人大島直哉は、真自目で商売熱心な生粋の大阪商人である。

そのため、バルブ業界で信用を得て諸団体の役員にも推戴されているのである。

魚釣り程度の趣味しか持合わさない同被告人は、専ら被告会社の発展と従業員の生活の安定に日夜努力を続けて来たのであって、被告会社では同被告人が自己の個人的な利益を追及するようなことは許されない機構になっているのである。

本件逋脱の動機・手段においてもかかることはその片鱗すら認められないのである。

売上の繰延・棚卸除外等次の事業年度には被告会社の所得として計上されるべき性質のもので、期間計算上それが逋脱行為とされるものに過ぎず、他の査察事案に比較するとその手段はさほど悪質といえるものではない。

3 被告会社では本件以来、被告人大島直哉を中心に会社幹部一同が本件につき十分に反省するとともに爾後かかる不詳事を起さないことを誓い、不況の中で約六億六千六百万円という巨額の納税をなし、本件により納税に関する理解を十分に深めることができたので再犯のおそれもないものと考えられる。

4 原判決の事実認定では、第一点及び第二点の事実誤認を除いてさえ、所得金額一、三七〇、八九八、一一九円に対し、申告所得額は一、〇二六、八九〇、二二七円という巨額のものでその申告率は七四・九一パーセントという査察事件では類例を見ない高率である。

本件のような事案は、被告会社幹部の事業に対する真実性、今後の企業の育成、永い目でみる場合の適正税収の確保などの諸点から考察するときは、前記諸事情に鑑み刑事処分に付すること自体問題があるのではなかろうか。新聞紙上で散見される大企業のこの種事案が「見解の相違」として若干の重加算税を含む更正処分だけで済まされている例は少くない。

このような不均衡は、司法機関によってできる範囲の是正がなされなければならない。

原判決が被告会社に対し罰金四、〇〇〇万円、被告人大島直哉に対し懲役一年(三年間執行猶予)に処したのは、前記各事情に徴し不当に重いものである。

以上右事由により原判決を破棄し、さらに相当の裁判を仰ぎたく本件控訴に及んだ次第である。

以上

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